奏でない音を
「大丈夫?」
とりあえず声をかけた。
あの子はわずかに頷いた。
「やっぱり親御さんに連絡して迎えに来てもらったら……」
「いえ、いいです。それに今親仕事で家に居ないし」
先生の提案を、強い口調であの子は断る。
何か、事情、あるのかな。
「だけど……」
なおも不安そうにしていた先生が、突然笑顔になった。
これは……、杏里がいたずらを思い付いたときの、何か企む顔にそっくり。
あたしは、嫌な予感に囚われる。
「美優ちゃん、春香ちゃんのこと、送ってってくれない?」
……どうしよう。
だけど具合悪い人を見捨てる程、あたしは鬼じゃない。
いくら相手が恋敵でも。
「分かりました」
あたしが言うと、
「よかっ……」
先生が言いかけたその後ろで、あの子がぱた、と気を失っていた。