28歳のシンデレラ
「うわっ、すごい波だなあ。こんなのに飛び込んだら、ひとたまりもないよ」

今、この海に飛び込もうと意気込んでいたのはわたしなのに。

防波堤から身軽に体を乗り出して、ごうごうと唸る海をおどけた顔で見下ろしていたのは、見るからに若い男だった。

「実は駅前からストーキングして来たんだよね。何か、危なそうなお姉さんだなと思って」

そう言って、彼は屈託のない顔で笑った。

わたしよりも頭一つぶん背が高く、どう見ても彼は高校生だった。

黒い、学ランを着ていた。

夜の暗がりでもぎらぎらと底光りするシルバーピアスを、単純に、美しいとわたしは思った。

「うわ、この中に飛び込んだら、一瞬でおしまいだね」

「ちょっと!危ないじゃない!君、死にたいの?」

わたしは慌てて彼の制服の裾を、両手で引っ張った。

すると、彼はとてつもなく可笑しそうに、げらげらと笑った。

彼の香水だろうか。

爽やかな森林のような香りが、わたしの鼻先を擽ってこそばゆい。

「お姉さんは変な女だね」

「何よ、それ」

「だって、今、死のうとしてたでしょ。なのに、他人の命は助けるんだ」

そう言って、彼はまだ幼さが残る笑顔を見せて、制服のポケットに手を突っ込んだ。


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