Devil's Night
 
 彼は、そのままビルに引き返すものだと思っていたのに、まっすぐこちらへ歩いてくる。


――ウソ……。


 心臓がバクバク鼓動し始めた。


「どれがいちばんおいしい?」


 私の顔は見ずに、真剣に弁当を物色している彼。


「あ……えっと……」


 動悸を抑えるのに精いっぱいで自分の言葉が出てこなかった私は、つい、いつものクセで、
「オ、オススメは唐揚げスペシャルです」
と、言ってしまった。


迷っている客にはいちばん高い弁当を薦めるよう業者に教えられ、それを毎日のように実践していたせいだ。


「じゃあ、それひとつ」 


「ろ、620円です……」


 何となく申し訳ない気分になりながら、弁当をビニール袋に入れ、1000円札を受け取った。
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