Devil's Night
 
――これって、現実?


 そう思いながら見る目の前の彼は、困ったように、指先でこめかみの辺りをかいている。


「ひと目惚れとか……今までは、ありえないって思ってたんだけどね」


 私と同じ気持ちを告白する彼のうしろに、迎えのバンが停まった。


「じゃ、気が向かなくても電話して」


 彼は冗談ぽく笑って、ビルへと引き返した。


 目の前で起きたことが、まだ信じられない。夢じゃないことを確かめるような気持ちで、もういちど、名刺を見る。


 『東亜物産』


 一部上場の大手商社だ。


『エネルギー資源開発課 主任 饗庭 省吾(あいば・しょうご)』


 この名刺を渡すためだけに、わざわざ来てくれたんだろうか。


――嬉しい……。


  ようやく実感が湧き、涙はすっかり乾いて、スキップしたい気分に変わっていた。
< 115 / 359 >

この作品をシェア

pagetop