Devil's Night
「いいえ。別に……」
ここまで来ておいて乗車拒否もできず、私は陽人を抱いて車に乗った。
機内で眠れなかったせいか、しばらく乗っているうちにウトウトし始めた。コックリと首が傾いて、ハッと目を開けると、バックミラー越しにカイがこちらを見ている。ゾッとするほど優しい微笑をたたえた瞳から急いで目をそらすと、窓の外の景色が懐かしいものに変わっていた。あのゴーストアパートへ向かう道に差しかかっている。久しぶりに通る道だ。
私が渡米してしばらくしてから、この辺りは変わった。区画整理がされ、新しい道ができ、少し遠回りだが、自宅に帰るのにゴーストアパートの前を通らずに
すむようになった。だから私は、一時帰国のときは必ずその新しい道を使ってきたのに、今、車はどんどん忌まわしい場所へと向かっている。
もう何年も、あの不気味な廃屋を見ていない。その付近まで来て、おそるおそる外を見た私は、思わず『ウソ……』と声を上げそうになった。
――ない……。
ゴーストアパートは跡形もなくなっていた。その敷地には大きなビルが建っている。カイと共有していた秘密――彼がふたりのダンサーを殺害した場所が消えた。
呪縛を半分だけ解かれたような、奇妙な気分だった。