僕の顧問自称殿-そろそろお名前教えてください!-
「それからだな、この福耳が部長の『速記』だ」

 殿は椅子にきちんと膝をそろえて座っている、尼そぎの(福耳かどうかは確認できないが)女生徒をびしっと指差した。
 仮にも教師が生徒を指差して、倫理的問題は無いのだろうか。少し心配になる。

「速記です……よろしく」

 至って無表情だ。直毛の尼そぎは微塵も揺れない。

 そ、速記? 何やら、字をとてつもなく早く書きそうな名前だ。

 字を書くのがA級に遅いといじめられていた親御さんが『字を書くのが速い子になりますように』という切実な思いを込めてつけた名前、という可能性もあるが、変な名前をつけられて苦労している僕から見れば、『速記です』と至って普通に自己紹介したさまに違和感を覚える。

「で、このガリが『ピエール・デ・ちょび髭』。通称『ピゲ』だ」

 またもやびしっ、と殿。もはや、その指先から集中線さえ見える気がする。

 ピ、ピエール? しかもファミリーネームがちょび髭?

 その、見るからにあおびょうたんな、失敬。言い方がまずかった。好物はモヤシです、寧ろ、モヤシ意外食べられません、と豪語してそうなお方は、明らかに純日本人で、ちょび髭なんか生えていない。

「ほ、本名ですか……?」とつい口を滑らせてしまった僕を責めないでほしい。

「ほほほ、ほんれん草とミョウガ、どっちが好きかな? た、達筆は!」

 随分と素っ頓狂な声を発したのは、何故か、殿。

 目には見えないものを手探りで探すような仕草でわたわたしている様子は、フラダンスに見えなくも無い。

 殿、大丈夫ですか? ちょっと落ち着いて。何をそんなに慌てているんだろう?

 待てよ、初対面の病院でも名前を聞いたとき、物凄い取り乱していたな。吹けない口笛で必死にごまかそうとして。

 もしかして、この殿。僕と同じで名前にコンプレックスを持っているんだろうか。

 ぞくり。殿に親近感を抱いてしまった瞬間、背中に悪寒が走った。

 に、しても、ほんれん草とは、少し無理があるんじゃないですか、殿。
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