僕の顧問自称殿-そろそろお名前教えてください!-
「いいや、もう一人いるよ」

 殿は、鏡越しに返答した。しかし、勘違いしてはいけない。この殿、理髪店や美容院でやるように、鏡を通して目を合わせたりはしないのだ。

 そう、殿の目には、自分の顔と若手芸人でも恥ずかしがってやらないような自らのポーズしか映っていないのだ。もはや、笑ってあげなければいけないのか? と同情にも似た気持ちに陥る。

 一呼吸おいて(ポーズを変えて)殿は、続ける。

「幽霊部員がひとりいるんだ。
俺が現役風水研究部だったころにポッと入ってきて、その時からずっと留年し続けてるという強者なんだ。
たまにやってきては、透けて見せたり、物体をすりぬけたり、という手品を披露する変ったやつなんだが、すごくイイ奴なんだ。『良い奴男』」

 最後の『良い奴男(いいやつおと発音していた)』って名前?
 名前だとしたら、なんて安直な。

 それより、殿ってこの風水研究部出身だったんだ……。その頃から留年し続ける良い奴男さんって一体……。

「た、た、た達筆くん、ぼ、僕ら、その良い奴男って、ひ、人、見たこと、な、ないんだな」

 おお、それはそれはピゲさん。
 見た目に似合わず、肌着と短パンで絵筆を握っていそうだ。麦藁帽子さえ見えてくる。あ、おにぎりいります?

「そうそう。私達、一度もその人見たことないのよ」

 と、速記さん。

「それ、あたし、卒業した先輩から、ナルお得意の妄想じゃないかって聞いたけど?」

 と、空手さん。

「あ、いいんですか? その、殿のこと、そんなにはっきりナルって言っちゃって……」
 
 空手さんが、あまりにサラリと『ナル』と言うので思わず尋ねてしまった。

「いいのよ。あいつ、自分が『ナル』って認識できる脳みそ持っちゃいないから」

 そう、溜め息混じりに吐き捨てる空手さんの視線の先で、殿は、鏡に映った自分に濃厚なキスをしていた。

 お、恐ろしいものを目にしてしまった。

 早く退部届けをもらって校長に提出しなければ!

 それはもう、肝試し。丑三つ時の墓場で一番奥に置いてある「僕は最後まで行きました」と書かれた紙切れを早く取って早くひきかえさなければ! という気持ちとなんら大差はないだろう。
 



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