僕の顧問自称殿-そろそろお名前教えてください!-
 殿って聞えたような……。

「あのう……お名前は……?」

 光沢を放つねずみ色のスーツに包まれた肩が勢いよく弾み、後ろに一歩後退した。
 胸にささった薔薇の花、その花びらがはらりと舞う。……大袈裟な。

「な!? なまっ、なまっ、生チュウは飲んじゃいけないよ、キミィ! 未成年だろ?」

 確かに未成年ですが。
 すごいうろたえようだ。口笛を吹こうとしているあたり、ごまかそうとしているのだろうか。しかし、その尖らせた口からは、空気の漏れる音しか聞こえませんよ、先生。

「お、俺はだな! フランクな先生なんだ! すごい身近で、親近感が湧き上がってくるような先生なんだ!
こう、あだ名で呼び合うっていうの、良くないか? ん? いいだろう、あだ名!!
だから、キミも俺のことは、殿、と呼んでくれたまえ」

 大丈夫だろうか、この人。

「はあ、殿……先生」

「ちっちっち。キミ、今日から高校生だろう? 敬称は重ねて使わないって習わなかったか?」

 敬称だったんですか? あだ名じゃあ……。

「殿先生だと、そうだな、将軍になってしまうじゃないか。将軍はまずいな。似ているが、殿じゃなくなってしまう」

 ……さいですか。

「その、わざわざここまでお越しいただいてありがとうございました」

「いいさ、いいさ。俺、自慢じゃないが、クラスを受け持っていないんで、暇なんだ」

 本当に自慢じゃないのに、びっくりするほどの得意顔。あまりの怖さに僕は、10cmほど身を引いた。

「しかし、キミはツイてるなあ、バス、横転したんだって?
それで、その軽症だもんな、ツイてるよ」

 そう言いながら、無遠慮に僕の肩をばしばし叩く。い、痛い。 

 そうか、横転したんだ、バス。それで、またここに運ばれたのか。

 は!!

 大変だ!! 今何時だろう!?

「と、殿! にゅ、入学式は!?」

「何言ってるんだ、とっくに終わったぞ。ああ、そういうことか。入学式が終わったのにも関わらず、俺がここにいることか」

 え、そうじゃな……。

「いいっていいって。礼には及ばないよ。俺、良い先生なんだ。
しかしまあ、ほんと、たいしたこと無くてよかったな」

 よ、よくなぁぁぁい!!


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