こんな物語
 リーシャがグレイリーに来て一ヶ月ほどになるが、未だにラナルフの自室と、第三図書室の場所、薬剤室の面々が使っている薬草園、そして全くと言っていいほど使われていないリーシャ自身の自室の場所しかリーシャは解っていなかった。
 だから、いざラナルフの自室を後にしたところで、目的の場所どころか医務室の位置すらも解らなかった。

 右と左、それから目の前に真っ直ぐ伸びる回廊。
 左に行けば第三図書室へと続く道筋がある。どう考えても自分が歩き慣れた道筋が正解だとは思えず、右かまっすぐか、どちらに進もうか迷っている最中、タイミング良くリーシャに声が掛けられる。


 「リーシャ様、あの、何かございました?」


 ふと、見ればいつも食事の乗ったワゴンを運んでくれる侍女の姿。
 

 「ラナルフ様からアスタール殿下へ用事を言付かったのだけど、どちらに行けば良いか解らなくて。貴女、どちらに行けば良いか解る?」


 リーシャの背後にはラナルフの居る自室。
 侍女は首を傾げ、不思議そうにリーシャを見た後で、ためらいがちに口を開く。

 
 「恐れ多くも、リーシャ様。ラナルフ様に直接お聞きになった方がよろしいのでは無いかと…」


 それができれば苦労しないのだけど、ラナルフが倒れているから道を聞けない、なんて口にできずにリーシャは苦笑して見せる。


 「ええ、それが一番なのでしょうけど、「すぐに解る」と言われて、考えもせずに出てきてしまった手前、戻って聞き直すのはなんだか恥ずかしくて。
 道を、教えてくれないかしら?」


 あまりにも苦しい言い訳で、すぐにばれるかとも思ったが、案外鈍いのか、それとも演技がよほど良かったのか侍女は疑うことなく頷いてこちらです、と案内をし始める。
 それにリーシャは安堵の吐息を小さく漏らし、侍女の後へと続いた。
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