こんな物語
 すぐに解る、と嘘を言ったが、まさか本当にすぐ近くにあるとは思わなかった。
 国王夫妻はともかく、兄弟であるラナルフとアスタの自室がそこまで離れているとは思っていなかったが、まさか、ラナルフの自室と渡り廊下の様なものを挟んで真向いにあるとは思ってもみなかった。
 案内をしてくれた侍女は扉をノックして、中に居るであろうアスタに声を掛ける。


 「アスタール様、ラナルフ様のご婚約者様がお見えですが、お通ししてよろしいでしょうか?」


 リーシャの名前を直接言わず、リーシャの立場を言ったのはこの侍女がアスタとリーシャが面識があると思っていない所為だろう。
 えらく遠まわしな言い方にも思えたが、考えてみれば毎日会っているとはいえ、それは非公式にであって、公式の場では一度として会ったことは無かったのだから仕方ない。返事が返ってくる前に、内側から扉が開いてアスタが出てくる。

 まさか、王子自身が扉を開けて出迎えると思っていなかったのかリーシャの隣にいる侍女は驚きに言葉を発せられない状態らしい。リーシャはその侍女を横目に、一歩、前に出てアスタへと軽く礼をする。


 「アスタール殿下、突然のご無礼をお許し下さい。
 ラナルフ様より殿下に用事を言付かったので、よろしければ少々お時間を頂きたいのですが…?」


 侍女の目もあって、丁寧な口調で言うリーシャに今度はアスタの方が目を瞬かせて驚いて見せる。
 それも、流石王子というべきなのか、すぐにいつもの笑みに変えて対応してくる。


 「構わない。散らかっているけど、入って。それと、君はここまで道案内を御苦労。帰りは僕が送るから仕事に戻って良いよ」


 帰っていい、と言われた侍女は失礼します、と頭を下げて来た道を引き返していく。
 アスタがリーシャを招き入れて、扉を閉じるとほぼ同時に、笑い声が室内に響いた。
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