雨の闖入者 The Best BondS-2
諌めたいことはいくつか頭の中に浮かんだが、
頭の中にも優先順位というものがあり、
今の彼女にとって一番大事な質問は別にあった。


「あたし、寝てた?」


怪訝と真剣を全面に押し出した問いにも、
常に自分のペースでしか真面目にならない男は茶目っ気たっぷりに肩まで竦めてみせる。


それがどれほど人を苛立たせるかを理解してやっているであろうあたり、彼女の中での静かな怒りは留まることを知らない。


「そりゃもーぐっすりと。あんなことやこんなことしても全然気付かないんだもん。逆に心配になっちゃったよ」


ゼルに添えていた手を突き飛ばすように離し、噛み付かんばかりに……水面蹴りを発動した。


見事に後ろにこけてみせた――俳優も驚くような見事なこけっ振りだったのは言うまでもない――ジストの胸を更に蹴り飛ばして胸元を締め上げた。


「貴様、何したっ?!」

「ちょっ……! 待っ……待った!」


余りにも凄まじい剣幕で詰め寄るエナに、手を翳し、ジストは制止の言葉を口にする。


が、乙女貞操の恐れを前に、そんな言葉で収まるはずもなく。



「言えっ! つーか吐けっっ!」


馬乗りに近い体勢になりながらエナは、がくがくとジストの体を揺する。


「おかしいっ! おかしいってば!」

「何がっ!」


どんな言い逃れも逃すまいと渾身の眼差しで強く問い返す。


だが、彼の口から出た言葉はまったく別のことを指し示すものだった。


「そこの! 馬鹿の様子がっ!」

「誰がバカよ?! …………え?!」



一瞬勘違いしたものの、自分が馬鹿ではないと本気で信じているらしいエナは、
彼の言葉の意味をすぐさま理解し、振り返った。



「?!」



血が噴き出る。


何の外傷もなかったはずの皮膚がぱっくりと裂けて。


エナはガーゼでその傷を押さえた。


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