雨の闖入者 The Best BondS-2

「それもその筈。母さんがゼル兄に付けたのは名前じゃなく、愛称だけだったんだから。ゼル兄だけ、他所の人が付けた名前なんだ。僕たちは家族じゃないよ」

「愛称……?」


まだわからないの? とでも言いたげにロウウェルは大きく頷いた。


「母さんも単純だよね。最初と最後の文字を取るだなんてさ」


ゼランディール……ゼル。


今まで呼ばれ慣れていた名は、単なる愛称でしかなかったのだ。

本当の名前を知ったことよりも、母が名をつけたわけではなかったという事実に衝撃を受けた。

名前など、たいした意味を持たない。

ただの個体を識別するだけのものだ。

だがそれでも今まで信じてきたものが足元から崩れていく気がした。

血の繋がらない家族を家族たらしめていたのは、母の愛。それだけだ。

ただ名を付けてもらえなかっただけだというのに、そのことがゼルの心に空虚な穴を産み落とす。


「そういえばゼル兄の質問に答えてなかったよね」

「質、問……?」


いつのまにか逸らしていた視線をゆっくりとロウウェルに戻す。


「それも覚えてないの? ゼル兄が聞きたかったこと、あったでしょ?」


聞きたかったことならある。

だが、ロウウェルに聞いただろうか。

ロウウェルは死んだことを後悔していないだろうか、と。

聞いただろうか。

村を飛び出して挙げた手柄と多少の名声。

その剣士の噂によって海賊に襲撃され、村を守ろうとしたロウウェルも大切な集落の住民達も他の家族も殺された。

当の剣士はそんなことは露ほども知らず盗まれた剣を取り返すのに躍起になっていて。


「オレのせいで……死んだよーなもんだ」


後悔も。

恨みだってあるだろう。


「それは違う、って言われたでしょ?」


その言葉に記憶が刺激された。

確かに誰かに言われた気がする。

月が輝くいつかの夜に。


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