雨の闖入者 The Best BondS-2
それなのに、今はどうだろう。

エナの前に屈みこんだジストは、笑顔とはいえ明らかに威圧を感じさせる立ち振る舞いをしている。


ジストの腕が伸びてくる。

それが肩に到達する前に、エナは口許を笑みの形に吊り上げた。

その表情の変化にジストは伸ばしかけた手を止める。


エナはもう、威圧的なその雰囲気に呑まれてはいなかった。

否、その空間の主導権は確実にエナに移りつつあった。


紅の目を見据える。


「あたしが気付きそうなのが、怖いの?」


挑発的な響きを多分に含んだ言葉の内容は、どうやら爆弾になり得たようでジストはゆっくりと腕を引いた。

代わりに眉間にくっきりと皺が寄る。

ジストが此処まで感情を発露するのは極めて稀だ。

眉間だけでなく鼻のあたりまで皺を寄せたのだから心底嫌だったのだろう。


「嫌な奴だな、お前は」


低い、声。

滅多に聞くことが出来ない、彼の本来の声。

苦虫をすり潰したような顔でにこりともせずに言うジストに彼の本質を見た気がした。


「あんたに言われたかないわ。一体、何隠してんの」


ジストは先ほど引いた手で、気怠げに頭を掻いた。

視線が明後日の方を向いているから、何かを考えているのだろう。


「……くだらんことだ」


目を合わせようとしない姿にエナは片眉を少し吊り上げた。


「この件に関わってることなのに、『くだらない』?」


そうしてまた、秘密主義を通すのか。

そうしてまた、何も言ってくれないのか。


「ああ」


答えるジストは、やはり目を合わせてはくれない。


「じゃあ聞くけど、あんたにとってくだらなくないモノって、何?」


声が自然と怒りを含んだものになる。

挑む視線に応える気になったのか、ジストの目がゆらりと動く。


「……それは……」


ジストの眼差しがエナを捉えた。


苦しさに耐えるような。
そして、何かを訴えるような。


何かを言おうとして開きかけた形の良い唇が再び引き結ばれる。


束の間の沈黙。

束の間の膠着。



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