雨の闖入者 The Best BondS-2
一体どれほどの時間を、その姿で立っていたのだろう。
鼻が寒さ以外の匂いを感じられなくなり、自身の心音だけが聞こえるようになった頃、はっと固く閉じていた瞳を開いた。
潮の匂いと雨の匂いが生み出す生臭さだけではない、異臭。
生臭さに限りなく近い、腐臭と、女の呻き声のような風の中に時折聞こえる、微かな不協和音。
高いのか低いのかも判断出来ないがそれは確実に『不自然』な何か。
「……見つけた……?」
手掛かりになり得る何か。
手掛かりを見つける為の手掛かりを得た気がする。
一度些細な臭いや音の糸を手繰ることが出来れば、二度目からはたやすい作業に変わる。
この音と臭いの出所を突き止めればきっとそこには確かな手掛かりが存在する筈だ。
集中力が切れたエナは寒さにぶるりと体を震わせ、慌ててレインコートを身に纏った。
今が何時だかわからないが、早く帰らないとエナのことにかけてはこの上ない心配性を発揮するジストが寝台にエナの姿が無いことに気付いてしまうかもしれない。
そもそも刺した釘を平気で無視すること位、ジストは容易に想像出来るだろうから様子を見に来ていたとしてもなんら不思議ではない。
それに、寒い。
暑さと寒さどちらに弱いかといえば、エナは圧倒的に後者に弱い。
暑い時期に産まれたことも関係しているのだろうか。
それでなくとも全身を雨に打たれた後だというのに、このまま外に居たら確実に風邪を引いてしまう。
祈祷師はもしかしたら風邪を拗らし肺炎にでもなったのではないかという考えがちらっと過ぎる。
水気を多く含んだ服はとても重く、レインコートを纏っても尚、体力と体温を奪い続ける。
ある程度大きくなってからは風邪など引いたことがないエナだが、人曰く、二日酔いのようなものだと聞いたことがある。
あの頭が痛くて胸がむかむかして、まるで自分の体ではないかのような感覚を味わうのは嫌だった――楽しい時間の代償でもないのに。
風呂にでも入り直して寝よう、と元来た道を振り返った、その時。