雨の闖入者 The Best BondS-2
   *


その空間の支配者は確かに男へと移っていた。


「この瞬間こそを待っていたのだ」


闇を凝らせたかの如き昏(クラ)い声で男は哂(ワラ)った。

目の前には誰をも惹きつけてしまう不思議な魅力を持った美しい少女が眠っていた。

造作そのものが美しいわけではないが、内側から放たれる魂の輝きともいうべき色彩は他に類を見ないほどの光を放っている。

だから愛され、それ故に狙われる。

傲慢でいて、哀れな娘。


「貴女がかの人に関わってさえ居なければあるいは……」


囚われていたかもしれない、とは口にせず、別の言葉へと置き換える。


「可愛がってさしあげてもよかった」


そう、あの男にさえ関わっていなければ、この娘の行く末を見守ってみたいと思ったかもしれない。

自分から全てを奪っていったあの男と同じように。

そう思える程、男は少女の魂に魅せられていた。

魂の色を透かし見ることが出来る男にとって、この少女はこの上なく魅力的な存在だったのだ。

膝を折り、忠誠を誓ってもいいかと思える程に。

虜にするような輝きを放つ魂には敬意と忠誠を。

男とはそういう存在であったし、男の周囲に存在する者も同様であった。

そういう生き方を定められた生き物だった。

遥か昔から決められている、魂の呪縛。


だからこそ、目の前の少女を見た時は驚いた。

私を見ろとでも言いたげな苛烈な存在感。

無条件に膝を折りたくなってしまうような、強い眼光。


「貴女が眠っていてくださって、本当に助かりましたよ」


少女が深い眠りについていることを疑いもしないからこそ、彼はとても優しく穏やかに敬いの言葉を紡ぐ。

直に見てしまっていたのなら、あの瞬間にも自分はこの少女を絶対の位置に置いていたかもしれない。

雁字搦めに捕われ、目的も何もかも放り出していたかもしれない。

強い輝きを放つ者に許すのは支配。

その支配を、この無力な少女に許していたかもしれないのだ。

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