雨の闖入者 The Best BondS-2
「ゼル兄」


ロウウェルは真剣な表情で、真剣な声音で名を呼んだ。

ゼルは木漏れ日から視線をずらし、ロウウェルを見つめる。

その視線の先でロウウェルは小さく笑った。


「本当の世界一は、表舞台には出てこないよ」


何の意図を込めて、何の意味で言ったのか。

だが、ロウウェルのその言葉には弟とは思えないほどの説得力があった。


「世界一は、世界が決めるものなんだよ」


心を抉られたような衝撃があった。

剣士の証を受けられなくても己は剣士だと言い聞かせてきた。

そのくせ、剣士の証が無いことを恥じていたのも事実。

剣士としての魂が、何よりも大切なものだったというのに。


「ロウは……剣士なんだな」


剣士となるべく器を備えている。

その魂を知っている。

だが、ゼルには「お前なら良い剣士になれるよ」という言葉だけは言えなかった。

もう既に未来を持たない弟だから。

時間を紡ぐことの出来ない弟だから。


此処は、甘い甘い仮初(カリソ)めの世界。


「そんなことないよ。ああ、そういえば」


ロウウェルがぽんと手を打つ。


「あのお姉さん」


ゼルは首を傾げた。

姉達のことをロウウェルは「お姉さん」などと呼ばないからだ。


「誰のこった?」


心底わからずに問い返すと、ロウウェルは「いやだなあ、もう」とゼルの肩を軽く叩いた。


「ほら、あの、目の色が左右で違う人」


目の色が左右異なる人間など、ゼルは今まで一人しか見たことがない。


「……エナのことか?」

「そうそう! エナさん」


何故、ここにきてエナの名前が出るのだろう。

それよりなにより、ロウウェルがエナのことを知っていたことに驚いた。

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