雨の闖入者 The Best BondS-2
  *

翌朝、食堂にエナが入ってもジストは昨日のよう椅子を引いたりはしなかった。

別段、椅子を引いてもらうことに慣れているわけではないが――今まで再三必要無いからと言ってきたくらいだ――普段されていることがされないというのは、やはり気持ちが悪い。


だがエナはそのことについて首を傾げたりはしなかった。

昨日よりも格段に口数が少ないジストは、起きて此処に居ることが不思議なくらい青ざめた顔をしていた。

理由など火を見るより明らかだ。

エナは初日と同じようにゼルの隣、ジストの向かい側に腰を下ろした。


「おはよ」


声をかけるが、それは耳に届いていないようだった。

顔を上げることもなく、瞳に何も映さぬままに煙草の煙だけを体内に取り入れている。

見ているのが痛々しい程に彼は精神を蝕まれていた。

その様子に、エナは昨夜男が言った言葉を思い返した。


『仲間助ける為と思えば如何ですか。綺麗事は得意でございましょう?』


テーブルの上の手が拳を作る。

思い出すだけで腸が煮えくりかえる。

けれど、その綺麗事が正当化される程にジストは著しく生気を失っていた。

男の取引に応じた事を正当化するつもりは、エナにはなかったが。

どんな言い訳をもってしても許されることではないことくらい、エナにもわかっている。

がちゃりと隣で食器が音を立てた。

ゼルを見遣ると、取り落とした箸を拾う姿が目に入る。

だが拾ったのも束の間、ゼルはうつらうつらと船を漕ぐ。

どうやら、ご飯を食べながら眠るという器用な真似をしているらしい。


「……ゼル?」


声を掛けるとゼルはびくりと体を揺らして目を開けた。


「お、おう……わり、寝てた」

「どしたの? らしくないじゃん」


ゼルは確かに所構わず居眠りをする。

だがこれまで食事中に居眠りを始めるようなことはなかったし、ましてやゼルは寝起きが篦棒(ベラボウ)に良いのだ。

好きな時に眠れる分、起きている時に眠気に負けるようなことは無い。


「ん……自分でも、っかしーなって思うンだけどよ……ど、うも眠た……」


言っている側から再び眠ろうとするゼルをフォークでつつく。


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