雨の闖入者 The Best BondS-2
いつも、そうだ。


ぎりぎりになって迷い、ぎりぎりのところで決断し、そして判断を間違ってしまう。

引き返そうとしたときにはもう、戻る道が閉ざされているのだ。


今はもう草木も眠る丑三つ時。


荷物を担ぎ、部屋を出る。

もう少し長く付き合うつもりだった、我儘に振舞う自分に呆れながらも甘やかしてくれていた二人の部屋の様子を窺う。

ゼルの部屋からは外の雨の音にも負けない大きな鼾が聞こえてきた。

今日一日中ずっと聞こえている音だ。


エナはあらかじめ出しておいた七つ道具の内の一つである、細い二本の金属――エナいわく『こっそりお邪魔しますセット』――を手にジストの部屋へと近付いた。


物音一つ聞こえない。


隣の部屋の鼾が邪魔しているだけかもしれないが。

ものの一分足らずで鍵は開いた。

ドアノブを捻りそっと引くと、決して明るくは無い廊下の明かりが淡い一筋の光りを真っ暗な部屋の床に伸ばす。


富裕層の家だというのに、硬くて決して上等とはいえないベッドの上。


そのベッドに不釣り合いな程完璧な四肢の男が布団も被らず仰向けで眠っていた。

両手を腹の上で絡ませた姿は、祈っているようにも見え、どこか不吉なイメージを連想させられる。

部屋の中に足を忍ばせると、床が小さくキィと鳴った。

その音にどきりとして立ち止まり、ジストの様子を窺うが、本来気配や音に対して敏感であるはずの彼はぴくりとも動かない。


「……?」


此処に来た初日から彼はおかしかった。

憔悴具合に心配はしていたが、夜な夜な屋敷を抜け出す自身の気配に気付かないことにほっとしていた為に見過ごしていた。

けれど状況はエナが思う以上に深刻だったのかもしれない。


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