雨の闖入者 The Best BondS-2
「あれに取り入ってっ! さぞ可愛がってもらったんだろうな! 奴隷の! 分際で! そんなところだけは! 頭が回るんだなっ!」
この口が叫ぶことさえしなければ。痛みに頭が真っ白になったりしなければ。
違うのだ、と言ってやりたかった。
取り入ったわけじゃないのだと。
あんな悪魔に可愛がってもらいたいと思うほど、僕は酔狂じゃないんだよ、と。
瞼の奥に浮かぶのは、妖艶でいて、恐怖と絶望しか与えない化け物の姿。
艶やかに巻かれた艶やかな黒髪は如何に生活にゆとりがあるかを浮き彫りにしていたし、もうそれなりの年齢だろうにシミ一つない肌も、不自然な程、盛り上がった胸も全てが経済状況を物語っていた、この男の妻。
あれは歪み切った化け物だ。
肉食獣の目で、涎を垂らして襲い掛かってきたのはまだ記憶に新しい。
長い爪は傷を付ける為のものでしかなく、嫌がる自分を嬲り屠った化け物。
そう言いたかったけれど、その思惟すらも悲鳴に飲み込まれる。
「お前など! 死んでしまえ!」
それは呪いの言葉。
人の心を蝕む言葉。
一瞬、心が折れそうになる。
死という誘惑に負けてしまいそうになる。
大人に虐げられ続けるこの現実よりも死を迎える方がはるかに幸せのことのように思えた。
否、少年にしてみればそれは真理であっただろう。
拾ってくれた家庭を壊し殺されかけて、命からがら逃げた先で捕まりわけもわからぬまま奴隷として売買された。
それでも奴隷として真面目に勤労少年をしていたというのに、女の皮を被った化け物に目をつけられ、喰われ、挙句の果てにそれを知った主人に拷問にかけられている。