雨の闖入者 The Best BondS-2
死んでしまうのも悪くない。

生きる目的が無ければ、今この瞬間にも舌を噛んで自害しただろう。


けれど殺されかけたあの夜以降、少年には生きる目的が出来ていた。


血肉を喰らっても、泥水を啜っても、耐えかねる屈辱に身を浸すことになっても、生き続けなければならぬ理由が出来てしまったのだ。

耐え抜くと決めたその誓いがあったからこそ、今まで化粧臭い化け物の仕打ちにも、この屋敷に出入りする女共の仕打ちにも耐えた。

吐きそうなほど気持ち悪いのに、その心を殺してまで化け物が望む行為に身を委ねた。

来る日も来る日も組み敷かれ、暴かれ、傷つけられて。

心を凍りつかせても尚プライドはずたずたに切り裂かれた。

何度頭の中で殺したか知れない。

今日こそは殺してやるんだと、何度誓ったか知れない。

そして毎夜、化け物と主人を殺し屋敷の檻から開放される夢に酔った。

それでもそれを為さなかったのは、それが人としてやってはいけないということで自分を戒めてきたからだ。

そして、たった一度の勇気が無かったからだ。


(初めてってのは何でも怖いもんだって、あの化け物も言ってた)


そう、自分の『初めて』を奪った女が、その最中にそう言ったのだ。

震える自分を揶揄するように見つめながら。

二度目からも毎回恐怖を感じたが、それでも一度目の時よりは確かにましだったのを覚えている。


(そういうものなんだ、きっと)


体を委ねるのも、人を殺すのも。


「死んでしまえ!」


一際大きく鞭が撓った。

もう声も枯れて、ひび割れた音しか出てこない。

と、絶え間なく続いていた鞭が不意に止まる。


「……?」


ぞわりと恐怖が背を這い上がる感覚。

恐ろしい何かが始まる、その予兆ともいえる静寂。

見たくないが、見なければ、もっと怖い。

少年は生理的に潤んで熱を持った目をなんとかこじ開けて、男の様子を窺った。


「!」


そこには一振りのナイフを手にした『旦那様』が居た。


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