雨の闖入者 The Best BondS-2
(……まただ……)


薄暗い部屋で鈍く光る其れを見たとき、過去の記憶が刺激される。

また、刃物を向けられてしまった。

自分の人生への落胆と絶望。そして、怒り。


「私の妻を寝取った下賤の輩め……切り取ってくれるわ……!」


言っている意味はよくわからなかった。

寝取る、という単語も、切り取る、という言葉が示唆することも。

少年がその言葉の意味を理解したのはほんの数瞬の後。

男の目が、全裸である自分の股間を憎しみを込めて睨んでいたから。


「ひっ!」


喉が引き攣った。

拘束しておきながら、尚も動きを封じ込めんとするように覆いかぶさってくる巨漢の男。

本来、妻に向けられるはずの怒りまでもを全て少年一人に向けて。

それを罪とし、償い背負わせようとしている、身勝手で醜悪な男。


「簡単に楽にはさせてやらん……!」


ただでさえ重たいのに、押さえつけられた傷がじくじくと疼く。

まるで、その傷口から無数の虫か何かが溢れ出てきているかのように、疼き、脈打つ。


(なんで、僕がこんな目に……!)


理不尽な扱いを受けているんだ。

僕は何も悪くないんだ。

僕を捨てた親が悪いんだ。

あの化け物が悪いんだ。

この男が悪いんだ。


頭の中でぐるぐると外に出れないままの言葉が巡る。

こめかみのあたりが、血の気が引くように冷たくなる。否、熱くなったのか。


わからない。

何を責めればよいのか。

何を恨めばよいのか。

体の中に渦巻くこの感情が恐怖なのか、嫌悪なのか、憎悪なのか、もう少年自身にもわからなかった。


とにかく何かにぶつけたかった。

この感情を叩きつけたかった。

< 90 / 156 >

この作品をシェア

pagetop