雨の闖入者 The Best BondS-2
あともう二、三発は殴りたそうなエナの顔から不意に怒りが消える。


ジストの目が足の上に落ちた鎖を見つけたからだ。

それから視線をさまよわし、床に転がった紅の水晶を視界におさめる。


鎖が切れたわけでなく、外されたことを目で確認したジストは笑顔のままでエナに向き合った。


「エナちゃん、どういうことかな?」


「………」


妖しい笑顔を向けられ、エナはぐっと押し黙った。


説明するべきか、シラを切りとおすべきか。


だが、エナが取った行動はそのどちらでもなかった。


「ジスト! ごめん!」


床に転がっていた水晶を掴み、脱兎のごとく踵を返して逃げ出す。


それしか、選べなかった。


だが、しかし。

ラフの愛らしい鳴き声が背後で聞こえて、エナは立ち止まった。

振り返ると、尻尾を掴まれ、宙ぶらりんになったラフが足をバタつかせながら訴えかけるような目でこちらを見つめている。


「もう一度聞こう。エナちゃん、コレはどういうことなのかな?」


相変わらず笑顔で告げる男にエナは渾身の力で睨みつけた。


「こンの卑怯者っ!」


自分の行動のことはすっかり棚上げにしてしまって罵声を投げるが、おそらく幾多の海や山やら……とにかく多くの経験を越えてきたのだろうジストは射殺しそうなその視線も鼻で笑う。


「どっちが?」

その含み笑いが癪に障る。

「だからゴメンって言ったじゃん!」

「謝れば何でも済むと思ってるわけじゃないよね?」

「わかったから、ラフ離して!」


何がわかったのか、と問われれば必ず答えに窮すること請け合いの言葉を口走る程度には、彼女は錯乱していたといえよう。


「エナちゃんが、それ返してくれたらね?」

覚醒した彼には夕方までの憔悴さなど微塵も感じられなかった。


それどころか、感情の波に珍しく流されているようで、ギラギラしている。


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