雨の闖入者 The Best BondS-2
「こンの……クソ男……!」

「動けば、殺すよ?」

紅の化身ともいうべき男は、銃のトリガーに添えられた人差し指に少しだけ力を込める。

込めながら、エナにそろりと近付く。


エナの背に、冷たい汗が伝った。

動けない。

ずっと一緒に旅をしてきた相棒の命と、自分の命と。


量りにかけてしまえば、答えはきっとすぐに見つかるから。

量りにかけること自体が怖くて、思考はまるでシナプスが焼ききれてしまったかのように中途半端に放り出されてしまった。


その場に縫い付けられてしまったかのように動けない。


逃げたい。逃げられない。

だから、動けない。

目のすぐ前には、見慣れた筈の、だが全く知らない表情をした青年。

エナが咽を上下させた音がやけに大きく空間を振るわせた気がした。


「!」


ジストの銃を持った手が動き、エナの肩へと回された。

ジストの胸に顔を埋めるような格好になったとき、もう一方の手もエナの背中へとまわる。

しっかりと抱きすくめられたことで、ジストがラフを開放したことを知った。

「何す……!」

「言えよ」

静かな声が耳元で囁かれた。

エナはその声に込められた色鮮やかな感情に目を瞠り、抵抗を忘れてしまう。


「言えよ。理由なら、聞いてやるから」


鼓膜に直接響く、低くて甘い、愛情さえ感じ取れる声。


いつもの声とはまた違う、縋りたくなりそうな男の声。


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