雨の闖入者 The Best BondS-2
「ありがと……ジスト」
顔を上げると、秀麗な男の顔が間近にあった。
抱き締められているのだから当然だ。
ふと細められる彼の瞳。
絡まる視線。
大きくて繊細な手が彼女の耳から顎のラインを捕らえ、ゆっくりと引き寄せる。
エナは心中で再度謝罪を述べる。
ごめん、ジスト。
でも、ジスト。
あたしはね。
道に迷っても、来た道を戻るタイプじゃないんだ。
だから、ごめん。
エナは待った。
訪れるべき時を。
彼の意識が、自分を拘束することから逸れる瞬間を。
唇の距離が徐々に近付き、かすかに触れる。
「――っつ!」
ジストの体が齎された痛みによって一瞬、強張る。
エナは思いっきりジストを突き飛ばした。
「ラフ!」
踵を返して、部屋から駆け出す。
「……とんだじゃじゃ馬娘だな……!」
声に呼応して走り出したラフは素早くて、再度捕まえるのは困難だった。
噛まれて血が滲む唇を手の甲で拭い、舌打ち一つで意識を切り替えたジストはすぐさま少女の後を追う。
だが、ジストが部屋から出たその瞬間――。
「ぎぃあ゛ぁ゛ぁあっ!!」
雨の音を掻き消す絶叫に二人は逃げることも追うことも一瞬忘れ、立ち止まった。
聞こえてきた声は紛れも無く彼――ゼルのものだったからだ。
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