狼少年
ipodとかの音楽機器を持ち合わせていない私は静かに文庫本を開く。携帯で音楽なんかは聞けるんだけど、このベンチに座るときはだいたい本を読んで時間をつぶすことが多い。

本を読む体勢にはいったとき、視界に入る日向に影が差しこんだ。佑香だと思い込んだ私は顔をあげて、後悔することになる。

ひと組のカップル。が、ベンチの前を横切ったのだ。まぁそれはいい。そのカップルは私に気付くこともなく人気のない体育館の裏へ。そこで、女のほうが男に身体を擦り寄せて顔を近づけた。

…このベンチから、それらの動作の全てが、丸見えだった。

額に手を当て、思わず俯く私。長いため息をついて、はっとした。

男のほうに見覚えがある。

っていうか、見覚えもなにも、さっきまでクラスで隣り合わせていた人物じゃないか。

…あいつ、ゲイじゃなかったのか。

「おまたせー。って、うわ。あんなとこでいちゃついてる…。」

グッドタイミングなところに佑香が来てくれた。

「今来たんだよ、あの二人。サイアク。早く帰ろ。」

「あ、うん…あー。あやこ、あの人だよ。こないだ言ってた人!あやこのクラスじゃなかったっけ?」

「うん、あんな人居た気がする。ねえ、気まずいし帰ろ?」

とにかく、さっさとその場から立ち去りたかった。立ち上がって佑香を急きたてる。一瞬だけ。桂と目が合った気がした。
< 31 / 52 >

この作品をシェア

pagetop