†鑑査委員制度†
何とも微笑ましい気持ちで俺はその親子を見送った。
あの子のただピアノを弾くことが楽しくてたまらないのだと分かる眼差しと、イノセントな音色。
俺は、俺には―――
ふと自問しそうになったその時、パタパタと、カラカラと忙しない音が俺の方へ向かって来ることに気がついた。
視線を向けたか向けなかったかのタイミングで勢いのある声が降ってきた。
「瀬川、透くんですか?」
話しかけてきた人物に焦点を会わせると、淡い水色のパジャマを着た老人が点滴を携えて俺を見つめていた。
息が少々乱れ肩が上下している。突然の事態に俺は驚いて口が聞けなかった。
「瀬川、透くんですよね」
穏やかな笑みを浮かべ、もう一度そう聞いてきたその老人にこくりと頷くだけになる。
なっなんだ・・・!?
なぜ俺のことを知っているんだとひたすら頭を捻った。
「ちょっと、待って下さいな!」
「東城さん!?」
「初子」
「えっ!?」
ぎょっとした。ちょうど東城さんが小走りでやって来るところなのだ。
東城さんを呼び捨てってことは、この人はまさか・・・
「あぁ透さん。うちの旦那が何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「迷惑とは何だ」
改めて東城さんの・・・旦那さん(らしい)を見上げる。
小柄で細い体つきにロマンスグレーのしっかりと生えた髪の毛。
ほとんど棒線のように細い目は優しげに微笑んでいる。
笑顔が板についている様子の彼は、それが普段からのデフォルトなのだろうと察せられた。
パジャマ姿でも上等な雰囲気を持っている。
チャップリンみたいなおじいちゃんだなと、俺自身チャップリンの映画なんて見たこともないのに勝手にイメージを結びつけた。