君が好きだというならば~episode1~
「早く会いに行かなきゃ」
そう思うほど、彼女の表情は悲痛なものだった。
そして影の持ち主に対してもそう思った。
老人の家に寝泊まりしてから今日まで、
彼女の姿はより鮮明にわかってきた。
何より、ここ二週間ほど全く彼女の笑った顔を見ていない。
そうして今までと違うのが、影。
俺が彼女に近づいている証拠だろうか…
新たな存在に疑問を抱きつつ、俺は考えを一度中断させて
湖に映る自分の姿を眺めた。
すっきりとした輪郭に形の良い唇。
すっと筋が通った鼻に切れ長の目に黒の髪。
周りからいつも言われていたが、自分で見ていても、出来すぎた顔だと思う。
俺は皮肉めいた笑顔を浮かべた。
確かに浮世離れした顔かもしれないが、どこからどう見ても人間にしか見えないじゃないか。
なのに、何で…
「何でなんだょ……母さん」
彼の悲痛な呟きは、真っ暗な闇へと消えていった。
空に浮かぶ月だけが、彼を照らす唯一の存在だった。