ぼくと世界とキミ
すでに暗くなってしまった裏道をトコトコと走って帰る。
町外れの薄暗い路地裏にある、ボロボロの建物。
その五階にある小さな部屋が……僕の家だ。
「ただいま」
声を掛けながらそっと扉を開くと……部屋の中は真っ暗だった。
手探りで扉の横にあるスイッチを探すと、それを押して電気を点ける。
すると部屋の真ん中に置かれているテーブルに突っ伏す様に眠る……母の姿が見えた。
「そんな所で寝てたら風邪ひくよ?」
部屋に入り扉を閉めながらそう声を掛けるが……返事は無い。
テーブルの周りには空になった酒瓶が転がり、部屋にはアルコールの匂いが漂っている。
……また酔いつぶれてるのか。
椅子に掛けられたままの薄手のタオルを手に取ると、風邪を引かない様にと母の肩にタオルを掛けようとした……その瞬間。
「……触らないで!!」
急にドンと胸を突き飛ばされ、態勢を崩し壁に頭をぶつけた。
ゴツンという鈍い音と共に、後頭部がズキズキと痛む。
「……いててて」
そう言って頭を擦りながら母を見ると、母はほんの少し驚いた顔をして……でも僕に怪我がないと分かると、グラスに注いだお酒をゴクゴクと飲み干した。
「お酒ばっかり飲んでたら体に悪いよ?今からご飯作るから……」
「……うるさい!!」
その母の怒声と共に空になったグラスが宙を舞い、壁に当たり粉々に砕け散った。
それは場違いな程にキラキラと美しく光り、そして悲しく床に散る。
その切ない欠片を見つめたまま茫然と立ち尽くしていると、母は拳を強く握り締めたまま僕から目を逸らした。
「……出てって……出てってよ!!」
そう叫び両手で顔を覆うと、母はポロポロと涙を零し泣き始めてしまった。
そんな母の悲しい姿を横目にそっと砕けたグラスの破片を片付けると、何も言わないまま部屋を出た。
パタンと静かに扉を閉めそれに背を付けたその瞬間……ドア越しに母の泣き叫ぶ声が聞こえる。
それは僕の胸を息も出来ない程に締めつけ、気付けば逃げる様に走り出していた。