成立事項!
 
女が男(一部特殊な性癖を持つ人)に対して言うのならば、まだいいだろうが、男が女に“ご主人さま”と言うのは、少し違う気がする。

大体、英にはそんな性癖はないから、はっきり言って、ただ不快なだけなのだ。

けれど、首輪と、どちらがよいかと問われても、ただ英は首を傾げるだけだろう。


「‥‥感情がこもってないから教えてあげない」


栖栗が、不満そうに唇を尖らせるものだから、こんなに恥ずかしい思いをしたというのに、と、英は眉を顰めた。


「なっ‥ご主人さまだなんて普通言いたくないだろ‥!」

「黙れチワワ!」


とはいえ、声を荒げたところで、彼女の方が威勢も迫力も上だ。

そして、栖栗は、英の胸倉を掴む。

すると、傘がぐらりと栖栗の方に傾いた。

かと思えば、帽子の素材がニットだということが災いしたのだろう、傘の骨に編まれた部分が引っ掛かり、英が体勢を整えようとしたときには──


「えっ‥」




帽子は取れてしまっていた。


あんなにかたくなに守っていたのに、以外と、そりゃあもうすんなりと。



そうして、あの酷すぎる、広がりきった髪が、英の瞳に映る。


しばしの沈黙。





 
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