極東4th
「私が見たいのは、これではない!」

 ドアの向こうで、修平が声を荒げた。

 本当に彼の声かと、一瞬耳を疑うような感情的な声。

「違うだろう? 分かっているだろう? 本物はこうじゃない」

 高揚していく、狂気的とも思える修平の声が続けられる。

「本物は、吸い込まれるほど沈んだ闇の色をしているはずだ!」

 強く、強く、誰かに言葉をぶつけていく。

 その声が、いきなり途切れた。

 何の話をしているのか。

 修平は、何を考えているのか。

 早紀は、声をかけられないまま、じっと外の声を拾い続ける。

「ああ、大丈夫だ…心配はいらない」

 沈黙の後。

 突然、修平の声が猫なで声に変わる。

「いま、私に見せてくれたものは本物だ…ちゃんと、私も分かっている」

 言い聞かせるような、ねっとりした声。
 
 早紀は、怖くなった。

 聞けば聞くほど、修平は修平でなくなってゆく。

 では、あれは誰なのだ。

 後見人ではないのか。

 一体、何を見ようとしているのか。

「分かっているとも…足りないものも、ちゃーんと分かっている」

 ざわざわと、早紀の背中を冷気が這い上がってゆく。

 言いようのない恐怖が、物理的なロープ以上に早紀を縛り上げる。

「だから…」

 ゆっくり、ゆっくりとした修平のその言葉。

 ドアという壁があるにもかかわらず、その壁を貫通して、いま一瞬、早紀に視線が突き刺さった気がした。

「だから…用意したよ、真理…君のために」

 きぃ。

 足元だけだった小さな光が。

 みるみる大きくなって、早紀の部屋の中に差し込んでくる。

 ああ…ああ…。

 大きくなった光に、彼女はさらされた。

 そして、四つの瞳が早紀に向けられる。

 修平と──真理と呼ばれた少年の目だった。
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