極東4th
「はっはっは…傑作だ」

 夢の中。

 早紀を見るなり、鎧の男は笑い出した。

「噛まれたか…しかも、当主に」

 彼が言うのは、額の印のことだ。

 それは、すぐに分かった。

 夢の中だというのに、そこでもなお額は、ずきずきと痛みを残していたのだ。

 印についた傷だからだろうか。

 それとも──その痛みからは、たとえ夢の中でさえ逃げられないと、自分は思い込んでいたのか。

「逃亡の折檻にしちゃあ、可愛いもんだぜ」

 ニヤニヤとした気配で、男は言い放つ。

 まったくその通りだ。

 だからこそ、彼の行動が鮮やかに記憶に焼きついていた。

「しかし…」

 微かに、鎧の男は考えるような仕草をする。

「半分の権利を持つ当主が、そこに傷を与えたのなら」

 あっと。

 早紀の、背中に冷たいものが走った。

 鎧が、目の前に立ったのだ。

 壁のように立ちふさがった、と言った方が正しいか。

 この感触は、知っていると言うべきか。

 初めて、この男と会った時のことを思い出した。

 害意など、感じない。

 しかし、違うものはある。

「当然、オレにも半分の権利があるわけだ」

 兜が、ずいっと近づいてきた。

 吸い込まれるような、闇の色の兜。

 彼もまた、早紀を噛もうというのか。

 だが、中に肉の存在があるようには思えない。

 噛むには──歯がいるというのに。

 早紀の心配をよそに。

 ガリッ。

 歯ではない黒い何かが。

 早紀の額をリンゴにしてしまった。
< 135 / 273 >

この作品をシェア

pagetop