極東4th
 よかったよかった。

 放課後の早紀は、安堵の塊だった。

 昼休み、修平に電話をしたところ、彼の実家に泊めてもらえる手はずを整えてもらえたのだ。

 これで、真理の機嫌を今以上に損ねずに、なおかつ早紀も安心して眠れる。

 学校まで、修平が車で迎えにきてくれる手はずになっていた。

 裏門での待ち合わせなのは、表門だと真理の迎えの車と鉢合わせる可能性があるからだ。

 修平を巻き込んだ事実を知って、不機嫌の材料にされると困るので、裏門の提案は願ったり叶ったりだった。

 そんな夕方の裏門に。

 車が横付けされる。

 見覚えのある、修平の車だ。

「すみません、修平さん」

 窓を開けて顔を見せてくれる彼に、ぺこりと一礼。

 後見人ということで、とりあえず付き合いはあるし、軽い話はするものの、仲がいいというのとはちょっと違う相手。

 ただ、早紀よりもずっと大人なので、困った時には頼りになる。

「かまわないよ。やれやれ、真理にも困ったものだね」

 修平の苦笑を聞きながら、後部ドアを開け早紀は乗り込んだ。

 ただ。

 気になるところはある。

 いままで、真理に早く出て行け的なことは、何度も言われていたが、今日のような特殊な話は初めてだったのだ。

「今夜、何かあるんですか?」

 空気女の早紀が、ぼそっとそれを聞いてしまった。

 相手が、修平という気楽さもあったのだろう。

 彼なら不快なく答えてくれるのではないか、という。

 ふっと。

 運転席の気配が途切れた──気がした。

 はっと前を見ると、修平の後姿は変わらずそこにある。

 運転しながら、いきなり人が消えるはずなどないのに。

 しかし。

 その姿が見えているにも関わらず、気配を感じない気がした。

「そうだね…」

 あっ。

 静かな静かな修平の声に、早紀の首筋がぞくっとした。

 ぞわっと、の方が近いか。

 とにかく、悪い感覚がいっぱい早紀の首筋にまとわりついたのだ。

 簡潔に言おう。

 修平が── いきなり、知らない人間になった気がした。
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