極東4th
 それから。

 それから、どうなったかなんて、早紀は覚えていなかった。

 突然、目の前が暗くなって、考える力なんかこれっぽっちも残らなくて。

 そして、とにかく暗い暗い闇の中を泳いでいたのだ。

 そんな闇の中から、彼女の意識が引っ張りあげられたのは、硬い床を歩く足音が、鼓膜に響いたから。

 しかし、目を開けてもそこは闇だった。

 かび臭さと冷たさでいっぱいの空間。

 早紀は、自分が冷たく固い床に、片方の耳を押し付けるように倒れていたことを知った。

 なん、で?

 慌てて起き上がろうとするが、身体に力が入らない。

 というより、腕が妙に痛いし、自由に動かせない。

 どうやら、縛られているようだ。

 なんで、私…。

 イモムシのようなだらしない状態で、早紀は近づいてくる足音へ、顎を動かすので精一杯だった。

 覚醒そのものも、完全ではないせいで、頭もぼんやりする。

「さあ……約束だ。見せておくれ」

 かすかな明かりが見えた。

 そこに扉があるらしく、下の少しの隙間から、明かりが入ってきたのだ。
 
 声を出して呼びかけたかったはずなのに、逆に早紀は息を飲んでこらえた。

 聞こえてきた声が──修平のものだったのだ。

 ぼんやりする頭でも分かった。

 彼に助けを求めてはいけない、と。

 何故か。

 それは、いま自分がこんなところに転がっている「何故」と、つながっているからだ。

 混乱する記憶の中で、最後に感じたあの違和感。

 いままで優しいお兄さんみたいな存在だと思っていたのが、ああもあっけなく簡単に違う生き物になるなんて。

 きぃ。

 ドアの開く音。

 どきっとしたが、開いたのは早紀のいるドアではなかった。

 おそらく、向かいのドア。

 下から差し込んでいた明かりが、遠ざかってゆくから。

 何をしてるんだろう。

 そして。

 自分は、なぜこんな有様なのだろう。

 ほんの微かな明かりの尻尾を眺めながら、早紀は不安と疑問と一緒に縛り付けられているのだった。
< 9 / 273 >

この作品をシェア

pagetop