つきのくに
いつの間にか、空は燃えるような朱から、藍色へと色を変えようとしていた。
太陽は西に沈もうとし、東の空には美しい満月が出ていた。
満月の下にあると言うつきのくに。そこは、どんな花が咲いているのだろう。

「ねえ、隼人はつきのくにへ行きたいと思う?」
気がついたら口から出ていた。
「はあ?馬鹿らしい。お前頭おかしいのか?」
「ねえ、行きたいと思う?」
馬鹿。そうかもしれない。私たち月ノ宮の人々は満月に酔ってしまうきらいがあるのかもしれない。
「お前はどうなんだよ。行きたいのか。」

久々にこんなに会話をしたな。いつ振りだろう。
でも、何かが違う。何かが違うとこころが言っている。
黙り込んでいる私にもう一度隼人は言った。
「錫。」

そう呼ばれた瞬間、宙に浮いて所在をなくしていた私のこころが、引き戻され、あるべき場所に戻った。
そう。私のことを「錫」と呼ぶ人は、この世で二人だけ。海ちゃんと隼人だ。
「私は行きたい。言って海ちゃんに言いたいことがある。」

「海ちゃん」と私が言った瞬間空気が張り詰めた。
そりゃあそうだ。だって良く考えてみると海ちゃんのことを話すのは、海ちゃんの葬儀が終わってすぐ以来だった。
どう切り返されるだろう。また、あの目で見られるのかな。

隼人は私のこと恨んでる?


「馬鹿らしい。」
隼人はそれだけ言って、また前を向き歩き出した。

私は、それっきり家に着くまで一言も話すことが出来なかった。




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