つきのくに
「錫子昨日メールの途中で寝ちゃったでしょ。」

学校へついて、しのぶちゃんと別れた後、前の席に座った麻美がおはようも言わず話しかけてきた。
さっき川原で隼人に会った後、こころが沈んで会話があんまり弾まなかった。
しのぶちゃん心配してないかな。

「ごめんね。なんか昨日は疲れちゃってて。」
私は麻美に許しを請う。
麻美だって、メールの途中で寝ちゃうことあるから、本気で怒っているわけじゃない。
朝の挨拶代わりのようなものだ。
それを分かっているから、私も軽く返す。

「それは、いいんだけど。違うのよ。」
ほら、別に怒っているわけじゃない。
「錫子が寝ちゃった後、大変なことがあったのよ。」
全然大変ともなんとも思っていないような口調で言う。きっとたいしたことじゃないのだろう。

「何?」

私が問うと、麻美は一呼吸置いて話し出した。
「隣のクラスの斉藤君っているでしょう?」

「うん。一回も一緒のクラスになったことないから話したことはないけど。」
野球部ならではのさわやかな坊主頭がかわいらしい好青年だ。
「その斉藤君からね昨日メールが来たんだけど。」

とまた一呼吸置く。
「何よ。もったいぶらないで話して。告白されたの?」

「もう錫子はせっかちね。
その斉藤君がなんと錫子のアドレスを知りたいんだって。」

「嘘だあ。」

「本当よ。昨日錫子寝ちゃってたから教えていいか確認が取れなかったから教えてないんだけど。
鈴子、これはチャンスよ。」

麻美らしくない。少し興奮して机越しに迫ってきた。
「なんのよ。」

「隼人君以外にも目を向けるのよ。錫子ったらこの年になって浮いた話しすらないんだから。」

この年ってまだ私たち中学三年生じゃないの。
「隼人にだって目は向いてないわ。それに浮いた話しなんてなくていいのよ。」




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