つきのくに
「疲れた。」
隼人は森に入って五分も立たないうちに文句を言い出した。
成長がない。
「隼人前のときも歩き始めて五分も立たないうちにそれ言ってたよね。」
口から出た言葉は、過去を懐かしむような響きになって、それが刃となって私のこころを刺した。
「お前、馬鹿か。森に入ってすぐに文句を言い出したのは海だろうが。」
え?海ちゃんが?そんなわけがない。
「何言ってるの?海ちゃんがそんな隼人みたいに文句言うわけないじゃない。
隼人の記憶違いじゃないの?」
それとも違うときの事を言っているとか。
私「前のとき」としか言っていないし。
「海ちゃんは優しくて、控えめで、人の前で文句を言ったりする人じゃなかったよ。」
私がそういうと、隼人はあきれたように呼吸置く。
ため息。
「お前、どれだけ海のことを神格化しているんだよ。」
「え?」
「海だって、暑けりゃ文句言ってたし、待ち合わせに誰かが遅れれば怒ったりもしてただろ。」
「うそ。だって私、海ちゃんが文句を言っているところなんて見た事ないもの。」
「そりゃ、海はお前に対してはいつも以上に優しかったけど、
お前が思っているような優しい文句も言わないいい子ちゃんじゃなかったぜ。」
嘘。じゃあ私の中に今でも生きている海ちゃんは、私が私のために都合よく作り上げた虚像だというの?
「・・・・・・・・・・・・そうなんだ。」