つきのくに




「私ね、正確に藤神の次期当主になる事が決まったの。今年の篝祭りの日にお披露目があるそうなの。」





「そうか。
嫌じゃないのか、逃げたいと思わないのか?」
お前の実の母親みたいに。
と隼人の言葉には含まれているのだろう。
私の実のお母さんが、次期当主の役目から逃げたのは、誰でも知っている有名な話だ。


「隼人はそう思うの?」

「ああ、いつも思ってる。」

「私も思うよ。
でも、私は、月ノ宮で生きる以外の生き方を知らないし、本当のお母さんみたいに度胸もない。
それに、私に期待をしているおばあちゃんを裏切る事なんて出来ない。」


「そうだな。
何で、こんなところに生まれたんだろうな。伝統、風習、慣例だってあほくさい事が世界を支配していて、少しでもそこから逸れたら異端者扱いだ。」

「そうだね。
この平成の世の中になってこんなのおかしいよね。」

御三家に生まれた私たちは、月ノ宮を守るという役目を生まれつき持っている。

月ノ宮の外の人からしたら、月神様もつきのくにも皐月神社も何の意味も持たない事はわかってる。

でも、月ノ宮の人々にとっては、とても大事な事。
自分たちの教理を胸に、テロを行う人のことを馬鹿だと思うのに、月ノ宮のためなら命を差し出してしまうのだろう。
それが、月ノ宮の人々だ。

外の人には分からない何かがあって、それが私たちを絶えず惹きつけている。
逆らえない引力。


「でも、私は月ノ宮が好きよ。」




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