【長編】ホタルの住む森

僅かに桜が綻び始め、青空に映える薄桃色の花びらが街を染め始める季節、いつも晃は胸が切なくなる。

淡い薄桃色の花を揺らし美しく咲き誇るその風景の中に、桜の花の如く美しく儚く散った最愛の妻の面影をみるからだ。

晃の時間(とき) は茜が逝った朝に止まったまま、今も魂の半分を失い大きな傷を抱えて生きている。

誰もが茜の後を追うのではないかと心配していた晃がそれをしなかった理由。それは彼を支える最愛の息子、暁(さとる)の存在だった。

その一人息子は今日7歳の誕生日を迎える。

入学式を終えたばかりの暁は新しいランドセルを背負ってみたり、新品の机によじ登ったりと、やんちゃな事この上ない。

しかし、何より健康でたくましく育ってくれていると嬉しく思うのは親の欲目だろうか。

親馬鹿といわれても良い。

この子の人生が幸せであればそれでいいと思う。

生まれた瞬間に母を亡くし、母親を知らずに育った暁だが、特にそれを卑下する様子も友達の母親をうらやむ様子も無かった。

晃はそれを母親の双子の姉、蒼が母親代わりとして傍にいたおかげだと思っていた。

暁はとても真っ直ぐな心で育っている。

それが晃を始め暁を見守り続けた右京と蒼の自慢でもあった。


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