【長編】ホタルの住む森
あの夜の出逢いがなければ、僕はどんな人生を歩んでいただろう。
君に出逢っていなければ、誰かを本気で愛することなどあっただろうか。
いや…僕には分かる。
あの日出逢うことなく君の愛を知らずに生きていたら、本当の幸福を知ることなど永遠になかっただろう。
窓から吹き込む夜風が、甘い香りを運んでくる。
懐かしい想いが切ないほどに蘇った。
「茜…そこにいるの?」
答えが無いことを知っていても、そう問わずにはいられない。
ゆっくりと瞳を開けば、そこには永遠に18歳の笑顔で晃を見つめる花嫁がいた。
「君はいつだって僕の傍にいるんだろう?」
晃の問いに答えるようにカーテンがフワリと夜風に揺れる。
部屋に満ちる茜の香りが晃を抱きしめる。
彼女が消えるのを恐れるように、急いで窓を閉め部屋の明かりを消した。