【長編】ホタルの住む森
それから二人はバイキングのケーキと他愛も無い会話を楽しんだ。
陽歌は大切な人と過ごす僅かな時間を、とても大切にしている。
伯母や友人と過ごすひと時は、家族を失った陽歌にとってかけがえの無い宝物なのだ。
こうして亜里沙と過ごす穏やかな時間が永遠であってくれたらいいのにといつも思う。
その時、不意にどこからか声が聞えた気がした。
『たとえ僅かな時間でも、想いの強さがあれば永遠の時間に変えられるのよ』
陽歌の中には時々天から降るように蘇る言葉がある。
両親を亡くした直後の記憶の残像だが、その頃の記憶はとても曖昧で陽歌自身あまりハッキリと覚えている出来事は少ない。
思春期の多感な時期に受けた心の傷と、何度か繰り返した手術による麻酔の為、現実と夢が曖昧になっている記憶があるのだ。
だがその人の言葉は、今でも時々こうして断片的に思い出すことがある。
それはいつも突然で、その時の陽歌の気持ちを表す言葉であったり、救ってくれる言葉であったりするのだ。
桜の香りと嬉しそうに笑う涼やかな声が蘇る…。
優しい気持ちに包まれたとき、窓から射し込む夏のような日射しに5月の新緑が眩しく映った。
今朝の夢の風景が鮮やかに蘇る。
あの丘は、今、どこかで新緑に包まれているのだろうか。