【長編】ホタルの住む森
「そうだ、この間彼と旅行に行ってきたの。お土産渡すの忘れていたわ」
自分の世界に逃避していた陽歌は、その声に我に還った。
亜里沙が思い出したように、カバンから小さな包みとポケットアルバムを取り出すのを見つめながら、拓巳が「亜里沙に彼ができたらしい」と大騒ぎして、いつもの居酒屋に拉致してきた時の事を思い出した。
あれは1年近く前だっただろうか?
海外に出張していることが多い為、日本に帰ってきたときに二人で旅行に行って、色んな風景写真を撮ってくるのだと聞いているが、何故か風景写真ばかりだ。
高い場所や緑のある場所が好きなのだと亜里沙は言うけれど、二人で撮った写真は愚か、亜里沙の写真すらない。
こんな美人の彼女がいたら絶対に被写体にしたいのではないかと思うが、亜里沙は撮られるのは照れくさいのだと言って、その話題を避けたがる。
いつしか陽歌から二人の撮影旅行や彼について問うのはタブーのような暗黙の了解ができてしまった。
「本当に亜里沙の彼ってカメラが好きよね。
最近は亜里沙もカメラを買ったんでしょ? 彼が選んでくれたの?」
亜里沙はそれについて深く語ろうとせず「うん、まあね」と軽く受け流し話題を打ち切ってしまう。
相変わらず、彼については訊かれたくないらしい。