【長編】ホタルの住む森
陽歌が追求を諦めてコーヒーを飲んでいると、「見て。ここ綺麗だったのよ」とアルバムを差し出された。
コーヒーをソーサーへ戻しつつ、左手でアルバムを受け取った。
「ここからの眺めが凄くよかったの。
偶然立ち寄った診療所からの眺めだったんだけど、赤い屋根の可愛らしい診療所が小高い丘の上にあってね。
周囲の緑が凄く綺麗で、まるで絵本の中から抜け出てきたみたいな風景だったのよ」
その時…陽歌の時が止まった。
手にしたコーヒーのカップが指から滑り落ちてゆくのが、コマ送りのようにゆっくりに見えた。
カップがソーサーの上に落ちた派手な音も、コーヒーが零れて制服を汚したことも、気付かなかった。
アルバムを落とさないよう震える指に力を入れ、その写真を凝視する。
そこに映っていたのは、夢で何度も見たはずのあの丘だった。