【長編】ホタルの住む森
「なあ、父さん。あの人知ってる?」
彼女の涙が気になって、暁は晃に声を掛けた。
最初に彼女に気付いてから、既に2時間が経過している。
シットリと水を含んだ大気の中に立ち尽くしていれば、6月とはいえ、肌寒さを感じるだろう。
暁は晃と共に窓辺に立ち外へ視線を移した。
「この辺りの人ではなさそうだね。
大き目のカバンを持っているし、旅行者じゃないかな?」
「観光って言っても、今日みたいな天気じゃ、ここからの眺めだって全然ダメだし、観るものなんて無いぜ?」
「そうだけど、もしかして道にでも迷ったのかもしれないよ」
「…そうかなぁ? あの人泣いてるみたいだぜ。
ここから飛び降りたりしないよな?」
「縁起でもないこと言うなよ。
高台にはなっているけど、これまでにここから飛び降り自殺なんてした人はいないよ」