【長編】ホタルの住む森

「なあ、父さん。あの人知ってる?」

彼女の涙が気になって、暁は晃に声を掛けた。

最初に彼女に気付いてから、既に2時間が経過している。

シットリと水を含んだ大気の中に立ち尽くしていれば、6月とはいえ、肌寒さを感じるだろう。
暁は晃と共に窓辺に立ち外へ視線を移した。

「この辺りの人ではなさそうだね。
大き目のカバンを持っているし、旅行者じゃないかな?」

「観光って言っても、今日みたいな天気じゃ、ここからの眺めだって全然ダメだし、観るものなんて無いぜ?」

「そうだけど、もしかして道にでも迷ったのかもしれないよ」

「…そうかなぁ? あの人泣いてるみたいだぜ。
ここから飛び降りたりしないよな?」

「縁起でもないこと言うなよ。
高台にはなっているけど、これまでにここから飛び降り自殺なんてした人はいないよ」


< 253 / 441 >

この作品をシェア

pagetop