【長編】ホタルの住む森

「うちに用があるの? それとも観光?」

不意に背後から声をかけられ、陽歌は驚いて振り返った。

高校生くらいの男の子が、いつの間にか振り出していた雨が掛からないように自分の傘を傾けてくれている。

その顔が何度も夢でみた青年とそっくりだった事に驚き、大きく目を見開いた。

「今日はそれほど気温が高くない。このまま雨に濡れると風邪を引くよ。
事情は解らないけど、随分思いつめているみたいだね。
診療所で休めば少しは落ち着けると思うけど」

言われて初めて、陽歌は涙を流していた自分に気付いた。

慌てて手の甲で涙を拭い、もう一度少年の顔をマジマジと見つめなおす。

良く見ると、夢の彼とは髪や瞳の色は違うし、年齢も少し若い。それでも顔立ちはそっくりだった。

「…あなたは、この診療所の人?」

「ここは俺の父親の診療所だよ」

説明しながら陽歌が濡れないように大きく傘を傾け、診療所の方向を示した。

ついて来いという仕草をする彼に雨が降りかかる。

自分の為に雨に濡れる少年を拒絶することはできず、陽歌は促されるままに従った。



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