【長編】ホタルの住む森
思い出すのが怖くて、隣県でありながら訪れる事のなかった街は、あまり変わっていなかった。
街並みに家族の思い出が蘇ってあの日に還った錯覚に陥る。
街を散策すると、あの頃、塾を終えて母親の迎えを待った駅前の本屋はコンビニに変わっていた。
両親と住んだ古い木造二階建てのアパートは、大きなマンションに建て替えられていたが、アパートの傍にあった桜の老木は今もそこにあった。
両親との思い出が鮮やかに蘇り、胸が熱くなる。
幸せだった時間は今もこの街に生きているのだと強く感じた。
悲しみの深いこの地に還ることなど、二度とないと思っていたが、時は陽歌を再び呼び戻した。
ようやく両親の死を受け入れ、前に進むときが来たのだと陽歌は思った。
両親の死から16年…。
深い心の傷から立ち直るには、両親と過ごした以上の時間を要していた。