【長編】ホタルの住む森
陽歌は街を歩きながら、記憶の断片を拾い集めていた。
かつての自分の記憶なのか、それとも夢の中の出来事なのかが曖昧で、記憶を掘り起こしながら丘までの道のりを歩いてゆく。
緩やかな坂道を一歩進むたび、期待と不安で心拍数が跳ね上がっていった。
やがて目の前に草原が開け、その先に見覚えのある赤い屋根を見つけたとき、胸に迫る感情が苦しくて涙で視界が滲んだ。
どのくらいその場所に立ち尽くしていたか解らない。
吹き渡る風の声。大気に満ちる水の音。サラサラと木々が奏でる命の子守唄。
それらの懐かしさに身を委ねると、これまでに見た夢が走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えていく。
夢と現実が一つに絡み合い解けていく感覚に身を委ねていた時、暁の声が陽歌を引き戻した。
そして晃と出逢った。
晃が結婚していたこと
暁という子どもがいること
そして夢が亡くなった晃の妻の記憶である事までもが一度に判り、夢と現実のギャップに混乱した。
診療所で見た夢で、茜と呼ばれていた自分。
『茜…君なのか?』と自分に向けられた晃の問い。
濁流のように流れ込んできた記憶。
晃を思い続けてきたこの気持ちが誰のものなのか、今は分からなくなっていた。