【長編】ホタルの住む森
それから二人はホテルから車で10分ほどの所にある総合病院へと向かった。
そこは陽歌が事故の後入院していた病院だった。
病院は何も変わっていなかった。
苦しかった記憶の中にも、優しく接してくれた先生や看護師さんの思い出が蘇ってきて、懐かしい病棟を訪れてみたくなった。
拓巳が診察を受けている間に、小児病棟へとやって来た。
もう知っている看護師さんもいないだろうと思うと、何だか急に寂しくなった。
ようやくここへ足を向けることが出来るほどに回復したのだと、感謝の気持ちを伝えたい人は、もういないのだと思うと泣きたい気持ちになった。
その時、ナースセンターの奥から、一人の看護師が陽歌に声を掛けた。
「どなたかの面会ですか?」と優しく問いかける声に振り返ると、そこには陽歌が忘れもしない看護師が立っていた。
彼女は入院中の陽歌の世話を誰よりも親身になってしてくれた新米の看護師で、名前は近藤 幸江(こんどうさちえ)と言った。
30代半ばになった彼女は、随分と貫禄が出て全体的にはふくよかになったが、童顔でクリッとした丸い目は変わっていなかった。
退院する日、ボロボロと大粒の涙を流し陽歌を見送ってくれた事を思い出す。
彼女が覚えていてくれることを願いながら思い切って声を掛けた。
「こんにちは、幸江さんお久しぶりです。
如月…いえ、和泉陽歌(いずみはるか)です。覚えていますか?」