【長編】ホタルの住む森

拓巳の傷は酷く見えたが、骨には影響がなかった。

泊まると言い張る拓巳をなんとか説得して、無理矢理駅まで送っていくと電車に乗せた。

渋々ではあるが、先ほどの罪悪感からか強引に残るとは言わなかった。

それでも電車のドアが閉まる直前に
「夢なんてここに捨てて早く帰って来い。俺は絶対にお前を諦めないからな」
と言っていつもの軽快なウインクを飛ばす。

いつもの拓巳に戻ったことが嬉しくてホッとしたのと同時に、懲りないヤツだと呆れて小さくなっていく電車を見送った。


…ちゃんと帰ったかしら? ホテルに戻ったら待ってた…なんてことないよね?

幸江との約束の場所に来た陽歌は、先に席に着きメニューの見ながらボンヤリと呟いた。

「さっきの彼の事?
子どもじゃないんだから迷子になることも無いでしょ?」

顔を上げると幸江がクスクスと笑っていた。

無意識に声に出していたらしく、恥ずかしさに頬が染まった。

「大きな独り言ね。恋人の事が気になる?」

「拓巳は恋人じゃないわ」

複雑な気持ちで視線を伏せた陽歌を見て何かを悟ったのか、幸江は「あらそうなの」とサラリと流すと、それ以上拓巳の事には触れなかった。


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