【長編】ホタルの住む森
幸江は陽歌の質問に哀しげに目を伏せた。
「彼女はね、心臓が昔から悪くて出産を止められていたのよ。
薬の効かない体質で帝王切開ができなくて命を懸けての出産だったわ」
「薬が効かない? そんな…」
「彼女の病は原因が不明だったの。
何度調べても特に異常はないのに年々弱っていくのよ。
薬が効かないが故に心臓移植もできなくてね。
幼い頃から何度も入退院を繰り返していたそうよ」
「そんな…だって彼女はいつも元気そうだったのに」
「気丈な人だったのよ。
彼女の恋人は優秀な医学生だったのだけど、彼女を助けようと必死だったわ。
見ている私たちが苦しいほどだった。
二人が結婚したと聞いた時は皆が大喜びしたわ。
特に彼女を幼い頃から知ってた私の上司なんて泣き出しちゃってね。
彼女の結婚式の時なんて号泣していたらしいわ」
「それで彼女は今どうしているんですか?」
「…本当に覚えていないのね。
仕方がないのかもしれないけれど、彼女があなたに望んだことだけは思い出して欲しいわ」
「彼女が望んだこと?」
妙な胸騒ぎがした。
この先を聞くのが怖い。聞いてはいけない。
そんな気がしたけれど、ここまで来て知らずに帰るわけにはいかなかった。