【長編】ホタルの住む森
強い感情の波に呑まれ、陽歌は自分を見失いつつあった。
その時、携帯が鳴り、遠のき始めていた意識が現実に引き戻された。
頭痛のする頭をおさえ、まだ頭の中で響く茜の声を振り払うように頭を振って携帯を取った。
ディスプレイの表示は拓巳だった。
「―――もしもし…」
『陽歌か? 俺さ…その…やっぱり気になってお前を一人にして帰れなくてさ…』
「拓巳…もしかして近くにいるの?」
『うん……駅にいる。途中で降りて戻ってきたんだ』
拓巳の声を聞いて張り詰めていたものが崩れた。
「たすけて…拓巳助けて…私どうしたらいいかわからない」
立て続けに知らされた辛い現実に打ちのめされていた陽歌の精神状態は限界だった。
ひとりでは現実の大きさを支えきれず、携帯を握り締めたまま嗚咽し始める。
拓巳はすぐに部屋まで飛んできて、泣き崩れる陽歌を抱きしめた。
陽歌は誰かにすがりたかった。
自分を如月陽歌として見てくれる人に傍にいて欲しかった。
『茜』ではなく『陽歌』を愛してくれる人が欲しかった。
拓巳は陽歌だけをみつめてくれる。
彼の真っ直ぐな愛情に抱きしめられて幸せだと思った。
この人を好きになりたい…
『陽歌』として拓巳を愛したいと思った。